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東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2392号 判決 1964年3月30日

債権者

日本コロムビア株式会社

右代表者代表取締役

瀬谷藤吉

右訴訟代理人弁護士

梶谷丈夫

松井正道

松井健二

中根宏

磯辺和男

板井一瓏

債務者

日本クラウン株式会社

右代表者代表取締役

有田一寿

右訴訟代理人弁護士

柳沼八郎

田邨正義

債務者

五月みどりこと

大野房子

債務者

北島三郎こと

大野実

右両名訴訟代理人弁護士

遠藤光男

主文

本件仮処分申請は、いずれも却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

債権者訴訟代理人は、「一債務者日本クラウン株式会社の別紙目録記載の製品レコード及びレコード原盤に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏及び横浜地方裁判所執行吏に保管を命ずる。二この場合において、執行吏は、その保管に係る事実を公示するため、適当な方法を採らねばならない。三債務者日本クラウン株式会社は、前記製品レコードにつき発売、頒布、賃貸その他一切の処分及び前記レコード原盤につきレコードの製造のための使用、譲渡、賃貸その他一切の処分をしてはならない。四債務者五月みどりこと大野房子及び同北島三郎こと大野実は、債務者日本クラウン株式会社のため歌唱し、又は同会社に対し歌唱を提供してはならない。」との判決を求め、債務者ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

(申請の理由等)

債権者訴訟代理人は、仮処分申請の理由等として、次のとおり述べた。

一  債権者は、作詞者、作曲者、歌唱者らからその作品、歌唱等の提供を受け、その録音をレコードとして製造、発売することを業とする会社である。

二  債権者と債務者五月みどりこと大野房子及び同北島三郎こと大野実との専属契約について。

(一) 債権者は、昭和三十七年十二月二十一日、債務者五月みどりこと大野房子(以下「五月」という。)と次の内容の契約を締結した。すなわち、

(1) 債務者五月は、債権者の専属芸術家として、本契約期間中、音を機械的に複製するの用に供する機器に写調するため、債権者又は債権者の指定する者のためにのみ歌唱すること。

(2) 債務者五月は、放送、テレビジヨン、映画、実演等の出演に関しては、債権者に一任し、債権者の要請する以外の音楽会、放送、映画、実演その他に出演するときは、事前に債権者の同意を得ること。

(3) 債務者五月の歌唱及びこれを吹き込んだレコードに関する一切の著作権は債権者に帰属すること。

(4) 契約期間は、昭和三七年七月一日から昭和三十八年六月三十日までの一年間とすること。

(5) 債権者又は債務者五月が右期間の満了一カ月前に、相手方に対し、文書をもつて、反対の意思表示をしないときは、本契約は、同一条件をもつて、自動的に一年間延長継続するものとすること。

(二) 債権者は、昭和三十七年八月十日、債務者北島三郎こと大野実(以下「北島」という。)と、契約期間を昭和三十七年八月一日から一年間とするほか、前記債務者五月との契約と同じ内容の契約を締結した。

三  しかして、前記各契約は、前掲契約期間自動延長の条項に基づき、それぞれの契約期間満了とともに、さらに一年間、同一条件をもつて更新延長されたから、債務者五月については、昭和三十八年七月一日から昭和三十九年六月三十日までの間に生ずる債務者五月の歌唱著作権、債務者北島については昭和三十八年八月一日から昭和三十九年七月三十一日までの間に生ずる債務者北島の歌唱著作権は、いずれもその成立と同時に、債権者に帰属し、又は、帰属すべきものである。

四  債務者日本クラウン株式会社(以下「債務者会社」という。)は、レコードの製造、販売等を主たる目的とする会社であるが、昭和三十八年十月下旬ごろから、債務者五月及び同北島に別紙目録記載の歌唱を提供させて同目録記載のレコード原盤六枚を作成し、同目録第一の一及び二記載の製品レコード各一万二千枚、同目録第一の三記載の製品レコード九千枚をそれぞれ製造し、前者の製品レコードについては昭和三十八年十二月十日から、後者の製品レコードについては昭和三十九年一月十五日から全国一円に発売、頒布し、引き続き各数万枚を増プレスして発売、頒布しようとしている。

五  しかしながら、前記各レコードの歌唱の著作権は、債権者と債務者五月及び同北島との前記各契約に基づき、これらの歌唱の吹込みと同時に債権者に帰属したものであるから、債務者会社の前記レコード原盤の製造及びその製品レコードの発売、頒布等の行為は、債権者の前記各歌唱の著作権を侵害するものである。

六  債務者五月及び同北島は、債権者との間の前記契約において、債権者又は債権者の指定する者のためにのみ、歌唱、吹込みをする旨を約しながら、その約旨に反して、債務者会社のために歌唱し、債務者会社に対し歌唱の提供をし、又は提供しようとしている。

七  本件仮処分の必要性について。

(一) 債権者の蒙る損害

(1) 債務者会社は、昭和三十八年九月、債権者会社のもと常務取締役レコード事業部長兼芸能部長伊藤正憲を中心に設立されたものであるが、設立後、債権者会社のスタツフ、経験者三十名を引き抜いて債務者会社の役員又は重要な職員とし、これらの者をして債務者五月及び同北島の勧誘引抜きをさせたほか、現に債権者と専属契約締結中の多数の邦楽芸術家に対し激烈な引抜き勧誘工作を行なわせている。このため、債権者会社の専属芸術家の間に大きな動揺、不安、混乱を来たし、このまま放置すれば、ある者は離反し、ある者は重大な影響を受けて心理的負担に堪えきれず衰退、脱落するに至るべく、債権者会社の看板事業ともいうべき邦楽レコード部門(その収益は、債権者会社の年間総利益の四〇パーセントを占めている。)は、回復しがたい損害を蒙ること必至である。また、債務者会社の前記行為は、レコード製造業者と芸術家との専属契約を相互に尊重するというわが国レコード業界の徳義と秩序を破壊し、無秩序と不信用を招来するものであり、もし債権者が債務者らの前記行為及びこれによつて惹起される叙上の事態を看過するならば、債権者会社がわが国レコード業界、レコード芸能界等において、創立以来五十数年にわたつて培つてきた信用は、破壊されるべく、これによる損害は回復しがたいものがある。

(2) 債務者五月は、一、二年前から人気の上昇した歌手であり、また、債務者北島は、一昨年新人賞を得た新人歌手であり、債権者は両名の人気と実力を持続、発展せしめるべく種々計画していたのであるが、債務者五月及び同北島の契約違反を放置すれば、その計画は実行不能となり、このため、債権者は、別紙計算書のとおり、債務者五月関係で金二千二百七十九万四千八百円、債務者北島関係で金三千九百七万六千八百円の得べかりし利益を失い、著しい損害を蒙ることとなる。

(二) よつて、債権者は、前記レコードの著作権に基づき、債務者会社に対し、別紙目録記載のレコードの原盤の使用及び同目録記載の製品レコードの発売、頒布等の差止請求訴訟を、債務者五月及び同北島に対しては、債権者との前記契約に基づき、債務者会社のために歌唱し、又は同債務者に対し歌唱を提供してはならない旨の不作為請求訴訟を提起すべく準備中であるが、このまま、これら本案訴訟の判決確定をまつにおいては、叙上のとおり、回復しがたい損害を蒙るおそれがあるので、これを避けるため本件申請に及ぶ。

八  なお、債務者ら主張の第五項の事実のうち、債務者ら主張の当時亀井が債権者会社の邦楽部長付であつたことは認めるが、その余は否認する。

(債務者らの答弁等)

債務者ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  債権者主張の第一項及び第二項の各事実は、認める。

二  同第三項の事実は、否認する。

三  同第四項の事実は、認める(ただし、目録第一の一記載のレコードの発売開始日は、昭和三十八年十二月二日である。)。

四  同第五項の事実は、争う。

五  債務者五月及び同北島は、債権者主張の各契約の期間満了の一カ月以上前である昭和三十八年五月三十一日、その所属する株式会社新栄プロダクシヨンの代表者西川幸男を代理人とし、「解約届」と題する書面を、受領権限を有する債権者会社邦楽部長付亀井武綱に交付して、債権者に対し契約延長に対する反対の意思を表示したから、債権者との契約は、債務者五月については昭和三十八年六月三十日、債務者北島については同年七月三十一日をもつて、それぞれ終了した。

六  仮に、前項の主張が理由がなく、前記各契約が有効に存続するとしても前記契約中の「債務者五月又は同北島の歌唱及びこれを吹き込んだレコードに関する一切の著作権は、債権者に帰属する」旨の条項は、債務者五月又は同北島が債権者のために歌唱した場合にのみ適用され、それ以外の場合には適用がないものと解すべきであるから、債務者五月及び同北島が債務者会社のために提供した歌唱の著作権について債権者が権利を取得するいわれはない。

七  債権者主張の第六項の事実のうち、債務者五月及び同北島が債務者会社のために歌唱し、かつ、債務者会社に対し歌唱を提供し、又は提供しようとしていることは認めるが、その余は争う。

八  同第七項の(一)の(1)の事実のうち、債務者会社の設立(設立登記は、昭和三十八年九月六日)に債権者のもと常務取締役伊藤正憲が加わつたこと、債権者会社の有力メンバーであつた者二十数名が債務者会社の社員ないしスタツフとして現に業務に従事していること、及び債権者会社の邦楽レコード部門の収益が債権者主張のとおりであることは、認めるが、その余は否認する。

債権者のもと職員らは、いずれも伊藤正憲の人徳と力量に信頼を寄せるとともに、債務者会社代表取締役有田一寿の文化人的実業家としての経営と指導とに期待し、自発的に債権者会社を退いて債務会社に入社したものである。

九  同第七項の(一)の(2)の事実のうち、債務者五月及び同北島が債権者主張のとおりの歌手であることは認めるが、その余は否認する。

十  債務者会社は、発足間もない資本金一億円にすぎない会社であり、また、債務者五月及び同北島は、債務者会社の看板歌手であり、同債務者らのレコード(別紙目録第一の一及び二のレコード)は、債務者会社の第一回発売品目十九枚のうち美空ひばりのものを除けば、筆頭に掲げられている期待の作品レコードであるから、本件仮処分を受けることによつて債務者会社の蒙る有形、無形の損害は、この仮処分命令が発せられないことによつて債権者の蒙る損害に比し、はるかに、深刻、重大である。

また、債務者五月及び同北島が、本件仮処分命令が発せられるにおいては、経済的損失はもとより、歌手として死活にかかわる致命的損失を蒙ることは必定である。

これら債権者及び債務者らの利害を考量すれば、本件仮処分は、その必要性を欠くものというべきである。

第三  疎明関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  債権者が作詞者、作曲者、歌唱者らからその作品、歌唱等の提供を受け、その録音をレコードとして製造、発売することを業とする会社であること及び債権者が昭和三十七年十二月二十一日債務者五月と、同年八月十日債務者北島と、それぞれ債権者主張内容の契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

(契約更新延長の有無について)

二 前掲の各契約によれば、債権者と債務者五月との契約期間は昭和三十七年七月一日から一カ年、債務者北島との契約期間は、同年八月一日から一カ年であり、いずれも期間満了一カ月前に契約当事者の文書による反対の意思表示がないときは、さらに同一条件で一カ年自動的に期間延長となる定めであるところ、(疎明―省略)を総合すると、債務者五月及び同北島は、それぞれの契約期間満了の一カ月以上前である昭和三十八年五月三十一日、同人らの所属する株式会社新栄プロダクシヨンの代表取締役西川幸男を代理人とし、「解約届」と題する債権者会社社長あての書面(丙第一号証の三及び四はその控え)を、債権者会社の邦楽部長付として邦楽部関係の芸術家との契約締結等の事務一般を担当し、交渉権限を有する亀井武綱(同人が当時邦楽部長付であつたことは、当事者間に争いがない。)に手交し、契約期間延長拒絶の意思を表示した事実を一応認定しうべく、(中略)他に右一応の認定を左右するに足る疎明資料はない。

(債権者は、これらの書面ないしは、書面が提出された事実が、当時の直接の担当者の退社に当たり、引き継がれていないことから、これらの書類が債権者会社に提出された事実を強く否定するもののようであるが、当時提出されたこの種書面を含むすべての書類が引き継がれフアイルされているにかかわらず、債務者五月及び北島の書面のみが引き継がれず、又は、存在しないという事実でも疎明されるなら格別、債権者会社においてはそのような整備された書類の整理方式が採られていないこと本件弁論の全趣旨により明らかな本件において、引継ぎないしはフアイルの有無を云為してみても、さしたる意味をもちえないことは、いうまでもないことであろう。アーチストカードのことも同様である。)

もつとも、(疎明―省略)によると、債務者五月及び同北島は、前記の契約期間満了の日の後においても、従前どおり、債権者のために歌唱を提供し、債権者から従前の基準による吹込料、レコード印税、出演料等を受領し、また、債権者以外の者のために歌唱、出演する場合には、前記契約の定めるところに従い、事前に債権の同意を求めていた事実を一応認めうるかのようであり、これらの事実に徴すれば、債務者五月及び同北島は契約期間延長拒絶の意思表示をしなかつたことを推測しうるかにみえるが、他方(疎明―省略)によれば、債務者五月及び同北島が債権者に対し契約期間延長拒絶の意思表示をしたのは、そうすることにより、債権者との契約条件を従前より有利に導かんがためであり、両名とも、人気上昇のこともあつて、有利な条件による再契約を、当然のこととして期待していたので、債権者のレコードの吹込み、出演等の依頼に対しては格別異議を唱えることなく、これに応ずるとともに、債権者以外の者のために歌唱、出演する場合にも、従来どおり、債権者の同意了解を求めたものであることが窺われるから、これらの事実があつたとしても、いまだ、もつて前記一応の認定を覆すに足りない。

また、(疎明―省略)によれば、昭和三十八年十月三十日、債権者会社レコード事業部長寺島吉治と債務者五月及び同北島の所属する株式会社新栄プロダクシヨンの代表取締役西川幸男との間に債務者五月及び同北島の債務者会社への移籍に関し交渉が行なわれた結果、債権者は、新栄プロダクシヨンがトレードマネーという名目で若干の金員を債権者に支払うことを条件に、債務者五月及び同北島の債務者会社への移籍を承認するということで交渉が妥結したこと(なお、この取決めについては、その後債権者から西川及び右債務者両名に対し破棄の通知がされている。)を一応認めることができるようであるが、前記(疎明―省略)によれば、西川は債務者五月及び同北島の契約が前記の契約期間延長拒絶の意思表示により、それぞれ契約期間満了とともにすでに終了してはいるが、債権者との間の問題を円満に解決することが新栄プロダクシヨン等のため得策であるとの考慮から、前記交渉に応じたことを推認することができるから、右移籍の交渉ないしは妥結のことがあつたとしても、そのことだけで、ただちに前記一応の認定を覆すことはできない。

しかして、叙上一応の認定の事実によれば、債務者五月及び同北島の前記各契約は、契約の定めるところに従つた期間延長拒絶の意思表示により、債務者五月については昭和三十八年六月三十日をもつて、債務者北島については同年七月三十一日をもつて、それぞれ終了したものといわざるをえない。

(むすび)

三 以上説示のとおり、本件における疎明関係のもとにおいては、債権者と債務者五月及び同北島との前記各契約は、いずれも期間満了とともに終了したものということができるからそれがなお存続することを前提とする債権者の本件仮処分申請は、進んで他の点について判断するまでもなくいずれも被保全権利を欠き理由がないものというべく、しかも、保証をもつてその疎明に代えることも、事案の性質上、適当とは認められないので、債権者の本件仮処分申請は、その必要性について審究するまでもなく、失当というほかはない。

よつて、本件仮処分申請は却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 武居二郎 白川芳澄)

目録・計算書(省略)

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